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八ヶ岳の東から 掲示板
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アサギマダラの件 投稿者:御堂順暁 投稿日:2020/06/08(Mon) 13:00 No.2566  
アサギマダラのことを調べていてこのページを見つけることができました。良くまとめられていて大変参考になりました。感謝です。ただ気になったのが、アサギマダラの寿命のことです。2箇所に寿命は羽化後4〜5ヶ月とありますが、1箇所に「蝶は羽化後10数日で死にます」となっています。(「まだまだナゾだらけ」のところ)どちらなのでしょうか?4〜5ヶ月と思いますが…。


Re: アサギマダラの件 サイトの亭主 - 2020/06/09(Tue) 05:15 No.2567  

ご指摘ありがとうございます。
気づきませんでしたがおっしゃるとおりですので早速修正いたします、
ただ目下PCがダウン中ですので、修理が終わるまで暫時お待ち下さい。


ハガジーの子息からお便り 投稿者:サイトの亭主 投稿日:2020/04/21(Tue) 16:00 No.2564   <Home>
サイトの深い場所にあるのですが「厳寒の地のガーデニング」→「花の物語」→「エンレイソウ」の下りに、エンレイソウの遺伝子の研究に打ち込み、どこかに新種があるはずだと探し回り、ついに北海道で「シラオイノエンレイソウ」を発見した九州大学のハガジーこと芳賀教授の話を紹介しました。

もう10数年前に書いたものですが2020年4月、ハガジー(学生から親しみを込めてつけられた愛称)のご子息からお便りをいただきました。

「ネットサーフしていて、貴HPにたどり着きました。エンレイソウが父の研究テーマであったことは知っていましたが、詳しくは知りませんでした。ありがとうございました」とありました。

この記事を書いておいてよかったと思わせられました。この項の後半に顛末を加筆しました。


アサギマダラ 投稿者:吹屋 投稿日:2020/03/15(Sun) 13:17 No.2560  
”アサギマダラ"を検索してこのページに出会いました。
情報量に驚きました。ありがとうございます。ゆっくり他のページも拝見していきたいと思います。


サイトの亭主の体験談が「週刊新潮」で 投稿者:サイトの亭主 投稿日:2019/11/09(Sat) 10:13 No.2541  
「週刊新潮を後ろから読ませる」と言わしめる名物コラム「変見自在」(高山正之)にサイトの亭主のある体験談が、私の名前を挙げて紹介されていました。筆者は産経新聞での記者生活の中であちこちで一緒した同僚ですが、さっそくタイトル通り「書けない記事」のあれこれをご本人とメールでやり取りしました。

書けない記事 高山 正之 「変見自在」 2019年10月31日号
━━━━━━━━━━━━━━

朝日新聞の経済部記者に某企業の部長が面会に来た。記者は「オレは社長にしか会わん」と追い返した。永栄潔の『ブンヤ暮らし三十六年』にある一コマだ。

あるいは東京新聞の望月衣塑子。相手が官房長官でも思い付きでいい、問 い詰めればボロを出す。

たかが新聞記者が地検特捜の検事より権力があると思い込んでいる。

取材相手はだいたいが神士。口より先に手が出るヤクザは滅多にいない。だからこちらも含めて凡そ新聞記者は幾ばくか衣塑子的だったと思う。

「それがいけない」と夕刊フジ編集局で一緒になった3期上の宮崎健が体験談を語ってくれた。

彼は大阪本社出身で三重支局に出た。ネタもないけど動きたくもない。県政クラブから外をぼんやり眺めていた。

外では失対作業員が植栽の手入れをしていた。それがまるで静止画だった。実際、彼らの手は動いていなかった。しゃがみ込んで仲間と話に興じ、日がな一日過ごしていた。

長い観察を終えて県の担当部局を取材した。ものすごく高い賃金が支払われていた。すぐ活字にした。

ところが翌日、一本の電話があって支局長の顔色が変わった。記事で批判 した一団は解同関係者だった。

「事実を書いた」と釈明したところで、事実など何の意味もなかった。

彼は差別糾弾集会に呼ばれ、紙面を使って不当な差別をしたと糾弾され、 自己批判せよと言われた。

詫びても罵られ、糾弾は果てしなく続いた。「涙が止まらなかった」と普段はヒトを食って生きているような人が真顔で言った。

世の中、望月衣塑子も敵わぬ存在がある。

話を聞いて間もなく、それを垣間見る機会があった。取材で都庁に寄った らロビーも各階段も異様な集団が座り込んでいた。

広報課に何ごとかと聞いたら、「解同が美濃部に2区を寄こせと団交中」 とかで、座り込みはもう1カ月も続いているという。23区が21区になろうという。そんな大事をどの新聞も一切、コワくて記事 にしていなかった。

そしてリクルート事件が起きる。楢崎弥之助の許に江副浩正が助けを求めにきたのが発端だった。

解同のドン松本治一郎の大番頭だった楢崎は、江副を助ける代わりに彼の使いで来た人物の口上を隠し撮りした。新聞は楢崎の背信を一切書かなかった。彼の後ろにいる松本治一郎についても触れなかった。触れるのはタブーだった。

そんな時代が終わったかと思わせる事件が東日本大震災のあとにあった。

松本治一郎の孫で復興担当の松本龍が仙台を視察した。県庁での会談に村井知事が遅れたのを龍は咎めて毒づいた。

最後に「この発言はオフレコだ。書いた社は終わるからな」と言った。記者たちが聞き慣れ、震え上がってきたセリフだった。

しかし東北のメディアは復興相が何者なのか知らなかった。暴言をそのまま放送した。復興相は辞任させられた。新しい時代の訪れをちょっと予感 させた。

関電幹部が高浜町の元助役、森山某から総額3億円の金品を貰っていた。森山は朝日新聞が書きたてる風評の中で原発誘致に動いてくれた。関電は 感謝し、地元企業に仕事を下ろした。3億円はその返礼らしいが度外れていた。

返しに行ったら「激怒して、家族の身の安全がどうなるかと言われた」と 関電会長は答えていた。

俄かには信じ難い奇矯な話だが、週刊新潮が報じた「解同」の一言ですべ てに合点がいった。新しい時代はまだだった。

その辺に一番詳しい旧民主党系の枝野幸男は「関電が仕組んだ原発資金の還流だ」とまったく見当違いを国会で言い立てた。原発を悪く言えば世間も納得する。それで誤魔化そうという気か。

しかし、枝野の反原発政策をだしに森山が原発擁護で大金を動かしていた。

説明責任は関電より枝野にあるように見えるが。  
                                (了)





八ケ岳から下りたとたん八千草薫の訃報 投稿者:サイトの亭主 投稿日:2019/10/29(Tue) 13:17 No.2535  
6月下旬から八ケ岳で暮らしていましたが、先週帰京しました。足かけ5ヶ月で、途中3度ほど病院通いで自宅に帰りました。今年は雨が多く、コオニユリやヤナギランが根腐れを起こすほどで、敷地のあちこちに苔が生えました。
 
いざ帰ろうとしたら台風の余波で中央道、上信越道、甲州街道みな土砂崩れで通行止めになり開通までさらに1週間滞在が伸びました。

戻ったとたん、八千草薫さんの訃報に接しました。その前日には馬術部同期の友人が亡くなった知らせ。ともに膵がんで、次は己の番かと覚悟を決めざるを得ません。今夏八千草さんの山荘には人影もなく、こころなしか寂寥感が漂っていました。

自分のホームページで我がマドンナのことを縷縷書き連ねていますが、けさページビュー(訪問者数)を見たら、なんと「11万8206」!普段の倍以上の人の来訪でした。更新を期待されているのでしょうが、気力が戻るまでしばらく猶予をください。


Re: 八ケ岳から下りたとたん八千草薫の訃報 増本直道 - 2019/10/29(Tue) 17:28 No.2536  

 
 大女優のご冥福申し上げます 検索して偶然拝見させていただいました

 20年ほど前に退職した西武系の記述は大変興味深い、ありがとうございます。

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