061125
夕刊フジOB 掲示板
[トップに戻る] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]
お名前
Eメール
タイトル
メッセージ
参照先
暗証キー (英数字で8文字以内)
文字色

掲示板の順序が乱れてます 投稿者:サイトの管理人 投稿日:2011/10/30(Sun) 07:03 No.750  
このところ掲示板荒らしが増えています。できるだけ削除していますが、システム上新しい書き込みと判断されて一番前に掲載されます。見苦しいかと思いますが、よろしく判読ください。


山路昭平氏が亡くなりました 投稿者:宮崎 健 投稿日:2011/05/25(Wed) 08:12 No.737  
2011年5月25日午前6時20分、山路昭平氏がU型呼吸不全で亡くなりました。83歳。葬儀は無宗教で、山路家と産経新聞社、岡山放送、サンケイリビング新聞社の合同葬。葬儀委員長は清原武彦産経新聞会長。喪主は洋子夫人。
通夜   27日(金)午後6時ー7時
告別式  28日(土)午前11時ー午後0時30分
いずれも横浜市金沢区谷津町384 「京急メモリアル金沢文庫斎場」(045-784-9833)
京急金沢文庫東口駅前。
自宅は横浜市金沢区谷津町40-88
通夜では馬見塚達雄氏、告別式では松村幸夫氏がそれぞれ夕刊フジを代表して弔辞をささげます。
◇◇◇
ご存知の通り癇癪もちでしたが、山路さんらしい最後でした。3か月前に自宅で転倒して肋骨骨折、入院後今度はベッドから転落(本人が暴れたのが原因)肋骨7本を折ッたうえ肺出血を起こし一時は危篤状態に陥りました。

そのご意識不明のまま入院、治療を続けていましたが、ゴールデンウイークにはもしやということもあり、夕刊フジOBは馬見塚さんを連絡役に見舞いも控えて待機していました。

18日ようやく退院、自宅治療を続けていました。退院と言うので周りも安堵したのですが、まだ意識はさだかではなく、会話や意思疎通などもほとんどできず、食事も以前から本人が「拒食症」状態なので家族(おもに夫人)が「胃ロウ」という方法で管で胃に直接栄養分を注入するという手のかかる自宅治療法を続けました。亡くなる直前、ふたたび容態が悪化、救急車が呼ばれましたが例によって、大丈夫だから帰れ、と本人は救急隊員に命令する始末。

自宅前で救急車に乗せるまで1時間以上かかるという騒ぎを演じた挙句、無理やり運ばれたものの肺気腫などの既往症があり、表記の病名のほかたくさんの病名が並んでいました。枕頭で「おっさん、これは自損行為でっせ」と言いましたが、いつものように青シャツ専科のダンディーな寝顔でした。

私事ですが、創刊時「このゴシップを載せるような新聞なら会社を辞める」といったら、原稿をその場でゴミ箱に放り込んでくれたのが山路さんでした。私が最後まで新聞記者としての人生をまっとうできたのは、山路昭平という理不尽ではあるが一本筋が通った編集者のおかげだと思っています。



宮崎健様へ 投稿者:山路洋平 投稿日:2011/06/02(Thu) 11:30 No.738  
 宮崎健 様
 山路洋平です。兄昭平葬儀に際して宮崎様はじめOB会の皆様に、一方ならぬお世話になり、誠にありがとう御座いました。
 自由葬儀、いわゆる無宗教葬の謂われについて馬見塚様から若干説明がありましたが、当方が聞いていたのを紹介しますと・・・・・・、愛山のキリスト教葬儀中、牧師が「金次郎さん(遺児の長男)が確りしないと・・・・・・」と詰ったので弟の久三郎(昭平の父)が、「バカヤロー!(遺伝?)この葬儀止めろ!」とぶち壊して以後、山路の家は耶蘇と縁を切った(切られた?)とか・・・・・・。
 で、この金二郎なる叔父は、早稲田の英文科を主席で出たという。趣味人で吃音(誰かさんみたい)だったのですが、歌舞伎の声色を演らせると滑舌なめらかに玄人跣だったとか。つまり、大層な“遊び人”で、娘義太夫の大スター竹本綾之助の娘で「なんとか小町」と評判の「お糸」なる美人を、若き日の川口松太郎と恋の鞘当に勝利し結婚、一子を設け離婚、という“人物”。
 そんな、こんなの血が、昭平兄にも当方にも流れていたとするなら・・・・・・あな恐ろしや、心せねばなりますまい。下らんことでOB頁を汚してすいません。向後、交誼ほどをお願いします。 


記事の修正をしました 宮崎健 - 2011/06/03(Fri) 10:42 No.739  

山路 洋平様

「OBのページ」にご投稿ありがとうございました。
聞き書きで事実誤認があったようで申し訳ありませんでした。
「愛山の先代」云々含め、さっそく修正がてら加筆いたしました。

メールを送りましたが、返ってきましたので
miyazaki@t00.itscom.net
まで一度カラメールを送っていただければ幸いです
宮崎健



「かねやんの会」ご協力感謝 投稿者:馬見塚達雄 投稿日:2011/08/28(Sun) 09:16 No.747  
 26日の「金田浩一呂氏を天国に送る会」、あいにく当日は午後からものすごいゲリラ豪雷雨に襲われ(まさかかねやんが呼んだわけでは…)、出足への影響を心配しましたが、なんと世話人役の僕の想定を上回る80余人の出席で大盛況、ホッとしました。みなさんのご協力に感謝、感謝です。
 発起人代表阿川弘之さんはご高齢のため出られませんでしたが、代わりに長女の阿川佐和子さん、遠藤周作さんの御子息でフジテレビ常務の龍之介さん、「宇宙棋院」の仲間だった作家黒井千次さん、高橋ちひろさん、中丸美絵さん、夕刊フジの草創期にかねやんが推薦して何度も連載をした佐高信さんなど知名士の参加も多く、さすがかねやんでした。「おくられびと」の人間離れした数々のエピソードは、これまでにも遠藤さん、阿川さんら先輩のエッセーなど、関係者の間では有名ですが、それでもまだ「知られざる傑作」がスピーチで次々と披露されて参加者を驚かせたり喜ばせたり。予定した2時間では収まりきれず、やむなく終盤に予定ていた夕刊フジ関係者の分は「一言集」だけでカットさせてもらいました。登板を依頼していた宮崎健さん、久保田るり子さん、ごめんなさい。もうひとつ司会者としてお詫びを。ふつう、このような告別式代わりの「送る会」では冒頭に、30秒ほどの「黙祷」を入れるべきでしたが、つい飛ばしてしまい、いきなり熊坂産経社長の挨拶にしてしまいました。まあ、万事に型破りだったかねやんの会だからご容赦を。翌土曜日の隅田川花火にも送られて、今頃はもう天国にたどりついたのでしょうか。
「追伸」月曜日の産経抄に田中規雄さんが、この会のことを書くそうです。


私は金田さんに、お行儀作法を教えていただきました。訃報に接し... 投稿者:久保田るり子 投稿日:2011/08/08(Mon) 21:03 No.746  
(この投稿は「OBのページ」の金田さんコーナーに移しました)

| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | |

No: 暗証キー:

- KENT -